探偵が見当たらない

探偵ライターが記す探偵の今

埼玉県朝霞市行方不明事件の行方不明者が発見されました。

行方不明になって2年目、ようやく発見された朝霞市の元女子中学生。

この事件が報道で発表された直後、僕思わずホッとしていました。

ようやく見つかった。

しかも無事な状態でなんて、これほど奇跡的な事はありません。

 

また、この事件は僕にとってもかなり特別な事件なので、ついこのブログを書かずに居られませんでした。

 

朝霞市女子中学生行方不明事件

 

朝霞市女子中学生行方不明事件が発生したのは平成26年3月10日の午後3時30分頃。

朝霞市の自宅付近で目撃されたのを最後に、ある女子中学生が消息不明になりました(このブログでは、本人のその後の生活も考え、個人名は控えさせて頂きます)

 

女子生徒はその日の朝も、いつも通り学校に出かけており、学校でも特に何も変わった事は無く、学校が終わって帰路につき、クラスメートと別れるまではいつも通りであったそうです。また、彼女は大変真面目な性格で、ご家族との家庭内トラブルがあったわけでもなく、失踪の理由はいまだ不明なままです。

しかし、失踪前には自宅付近で十代後半と思われる若い男性と話していた姿が目撃されており、この男性が女子生徒を目撃した最後の人物と目されていました。

そして、この若い男性というのが、今回逮捕された寺内樺風容疑者(23)です。

 

■誘拐後、部屋に監禁。自筆で手紙を書かせ家族送らせた?

寺内容疑者に連れ去られた少女は、その後東京都・中野区にあるアパートの一室に監禁されていました。

室外に出ることは許されなかったのかは不明ですが。監禁生活は2年んだとされます。

しかし、3月27日。アパートから寺内容疑者が秋葉原に向かうと告げ出て行ったあと、部屋の鍵が掛けられていないのを発見。その隙を付き、アパートから脱出した少女は付近の公衆電話に向かいました。

女子生徒の父親らの話によると、27日午後0時10分ごろ、埼玉県朝霞市の自宅の電話が鳴り、母親が電話を取ると「お母さん」と呼びかけられ、声の主は娘の名前を名乗った。

 「えっ?」。驚きのあまり言葉を詰まらせていると、再び自分の名前を口にし、母親からの呼びかけに本人だと答えたという。

 「今どこにいるの?」

 「公衆電話からかけている」

 「周りに誰かいるの?」「いない」

 「体調は?」「大丈夫」

 女子生徒の声に元気はなかったが、失踪前とあまり変わらない調子で両親と1、2分ほど会話した。

 「誰かが来たりするの?」と聞くと「誰も戻ってこない」と説明。周りに何が見えるか確認し、近くの場所に助けを求めるよう伝えて電話を切った。

 両親はすぐに110番通報。その後、再び女子生徒から電話があり、「行ったけど人がいない」と言ったため、自分でも110番通報するよう伝えたという。

父親「すぐ本人と分かった。早く会いたい」

 母親は女子生徒を保護した警視庁中野署へ向かい、父親は自宅で埼玉県警の警察官と待機したという。午後4時43分ごろ、警察官から女子生徒の無事が伝えられると、父親は安堵(あんど)の笑みをこぼした。

 父親は報道陣に「すぐに本人だと分かった。無事戻ってこれるんだなと、とりあえずホッとした。早く会いたい」と答えた。

 女子生徒はいったん警視庁中野署に保護され、その後、車で埼玉県警新座署に移動した。

女子生徒の父親らの話によると、27日午後0時10分ごろ、埼玉県朝霞市の自宅の電話が鳴り、母親が電話を取ると「お母さん」と呼びかけられ、声の主は娘の名前を名乗った。

 「えっ?」。驚きのあまり言葉を詰まらせていると、再び自分の名前を口にし、母親からの呼びかけに本人だと答えたという。

 「今どこにいるの?」

 「公衆電話からかけている」

 「周りに誰かいるの?」「いない」

 「体調は?」「大丈夫」

 女子生徒の声に元気はなかったが、失踪前とあまり変わらない調子で両親と1、2分ほど会話した。

 「誰かが来たりするの?」と聞くと「誰も戻ってこない」と説明。周りに何が見えるか確認し、近くの場所に助けを求めるよう伝えて電話を切った。

 両親はすぐに110番通報。その後、再び女子生徒から電話があり、「行ったけど人がいない」と言ったため、自分でも110番通報するよう伝えたという。

父親「すぐ本人と分かった。早く会いたい」

 母親は女子生徒を保護した警視庁中野署へ向かい、父親は自宅で埼玉県警の警察官と待機したという。午後4時43分ごろ、警察官から女子生徒の無事が伝えられると、父親は安堵(あんど)の笑みをこぼした。

 父親は報道陣に「すぐに本人だと分かった。無事戻ってこれるんだなと、とりあえずホッとした。早く会いたい」と答えた。

 女子生徒はいったん警視庁中野署に保護され、その後、車で埼玉県警新座署に移動した。

 

 

 一報を受けて中野署に向かった母親は、同署では女子生徒と面会できず、午後5時半すぎに新座署内に到着した女子生徒と、署内で2年ぶりの再会を果たした。対面の際は「2人とも泣いていた」(県警)という。その後、自宅で待っていた父親も加わり、署内で3人が再会した。

 (産経新聞より)

無事に見つかって本当に良かったですし、ご家族や失踪者の捜索に協力していた方々も安心されたと思います。

 

■行方不明者捜索のためのライティング

実は以前からライター業務の一つとして、行方不明者捜索のための記事を幾つか書いてきました。最初から事件性が高く、誘拐である可能性あとても高かったのを覚えています。調べれば調べるほど、個人の意思による家出や駆け落ちの類ではなく、誰かに連れ去られたとされる痕跡が至る所に残っていました。

また、行方不明になったと、手紙などが出されていた事から、どこかに監禁されている可能性も考えられていました。

しかし、簡単に発見することは出来ませんでした。

警察による捜索は細々と継続していた様ですが、それもむなしく2年が経過。おそらく、警察ではすでに死亡したものと考えていたかもしれません。

 

■諦めなかった人々の努力

 

日本のどこかで行方不明になった他人を、本気で心配する人はそう多くありません。きっとこれを読む方も、今回のニュースで初めてこの事件を知ったはずです。

しかし、そうでは無かった人々…行方不明者を探すために活動を続け、今回ようやくその努力が実った人々のことを伝えなくてはいけません。

 

女子生徒が行方不明になってから、両親は自宅近くの駅頭などで少女に関する情報提供を求めるチラシの配布を定期的に行い、「娘は帰ってくると信じている。どんなささいな情報でもいいので提供してほしい」と訴え続けた。

行方不明になってから2年が経過した今月10日にも、同級生やその保護者に加え、朝霞市職員ら約200人が参加し、約2万枚のチラシ配布が行われた。少女と小学生からのつきあいがあるという同級生の女子生徒は「何があっても受け入れるから、早く戻ってきてほしい」と話し、「友達を捜しています」と大きな声で通行人に声をかけていた。

 

今回のケースでは、少女自身が自力で自宅に電話を掛けることが出来ましたが、もしそうでなかった場合、こうした地道な努力が実っていたはずです。

しかし、ビラを配るという行為はそれほど効率的ではありません。正直に言って、該当でビラを配るというのは「打つ手なし」という意味なんです。

現に、警察に500件にもわたる目撃情報が届いたものの、その全てが空振りに終わっています。それほどまでに、行方不明者の発見とは困難を極めるものなのです。

ですが、そうと分かっていてもビラを配り続けた人達や、インターネット上で情報提供を求め続けることには意味があったはずです。ほんな僅かな可能性でも、発見できるかもしれないなら何でもやる。その気持ちが無ければ、行方不明者の捜索は出来ることでは無いのです。

 

■今後も行方不明者の情報提供を

日本における行方不明者は年間8万人前後もいますが、捜索のためにインフラは欧州と比べてまったく整っていません。

この様な中では、やはり地道に行方不明者の情報提供を募るしかありませんが、そのために努力を惜しめる人間は限られています。

また、公開した情報の取り扱いも慎重に行わなければなりません。

この事件で無事見つかった少女に関する記事はあらかた削除を求め、出来ない場合には個人情報の削除を行ってもらいました。こうした行いは、インターネット上で行方不明者の捜索上ではかかせません。

 

■犯人について

今の所犯人についてはさほど興味はありません。

しかし、今後犯行の手口が明らかになることで、行方不明者の捜索活動に関する何らかの手がかりが出てくるかもしれませんから、逐一チェックして行く事にします。

 

それにしても、本当に見つかって良かったですね。