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浮気をされるのはそう悪くない

浮気をされた側が悪いのかどう?

 

ネット上を見ていると色んな意見がありますね。

カウンセラー的な立場からすると、浮気をされた側に原因があると考えたほうが怒りもおさまり、夫婦関係の修復は楽になるというのもあります。

 

それでは一般論として、この問題に興味のある貴重な男性である僕からすると、もちろん浮気をされた側が悪いとは思ってません。

ただ、あまりにも多くの浮気を見てきた僕からすると、浮気をされるのは、悪いってだけじゃなくて「そう悪いない」ってことなんだと思います。

 

浮気される側について真面目に考えてみる

 

僕が探偵になったのは19歳の頃。

高校を卒業してすぐに探偵業界にドップリということは、その頃から大人達の浮気事情についてこの目で見続けてきたことになります。

 

僕が務めていた大手探偵社は2社あり、いずれも毎日のように浮気調査をやる会社です。年間にして200件は浮気調査をしていたと思うので、僕が見てきた恋愛の多くは浮気というかなり特殊な環境に居たわけです。

 

そうして浮気を見続ける時、僕はいつも特に考えごとなんてしていません。

というより、探偵が本気で浮気をしている奴が憎いからやっつけてやる!許すまじ!!なんて、発言小町とかガールズチャンネルのコメントみたいな超感情的な気持ちにはなりません。仕事として、ただ単純にシャッターを押しているだけ。対象者=獲物というのが本音。調査中の脳はシンプルで、えぐい程にシステマティックです。

 

でも、唯一感情的になってしまうとしたら、それは依頼者の顔を見た時です。

 

小さな探偵事務所に居たころ、直接依頼者と会う機会が何度かありました。

浮気について傷ついた人というのは、いくら仕事とはいえ見るのが辛い人が多いです。中には泣きながら話すような人もいれば、見るからに欝々としていて、遠い目をしながら話している人もいました。

 

中には空元気を装っている人もいますが、そのほうが見てる僕は辛いです。

笑いながら「浮気の証拠を絶対にとってやる!」という奥さんや旦那さんもいますし、そうした人のほうが接しやすいという相談員もいました。でも、なんというか、昔からそういう人の裏というものに敏感だった僕は、そうした表情や虚勢ほど悲しい気持ちにさせられました。

 

浮気で傷つくってそう悪くない

 

浮気をされた人というのは、皆が皆自分を「被害者だ」と言います。

確かに当然んそうでしょう、浮気問題では加害者と被害者が当然いますし、その傷というのはなかなか癒えないものです。

 

でも、浮気問題における被害者が悪いっていうのは、少し違うなって思うんですよ。自分に原因があるって考えるのは良いんですけど、だからって悪いわけじゃないと思います。それが悪いというのは、勝った側が正義っていう戦争みたいな考え方だと思うんですよ。

 

だって、浮気をされて傷ついてしまうということは、それだけ愛していることや、異性が大切だということ。相手に愛されたいと思っていることに気が付けるからです。

 

人間がこんなことに気が付けるのって、普段の生活じゃまずないですし、そも人って利口な生き物じゃないと思います。

 

妻や夫、恋人の愛情に気が付くこともなく、常に別の異性の愛情を得ようとする人というのは、そもそも、そうした人間の愚かさの典型例です。それが動物としての本能であり、そもそも、人間同士というのは生涯同じパートナーと一緒に愛し合うようにできている生き物じゃない証拠です。

 

そんな動物のしがらみから抜けられない人間が、他人を強く愛していたことや、愛されることを望んでいたことに気が付けるのって、たぶん浮気をされた時だけだと思います。

 

人として成長できるのは浮気をされた方

 

人の愛し方や、その後の幸せを得られる確率が高いのは、浮気をした側より、された側だと僕は思います。

 

それは浮気をされた側が優れているわけではありません。失敗しなければ学べない。これも人間の愚かさだからです。

 

浮気をされた側の人は愛情がいかに大切なのか知ってるからです。

その結果、その後のパートナー選びは慎重になりますし、その後相手が浮気をしたとしても、その場合の対処も冷静でしょう。その結果、相手と一生を添い遂げられる確率はかなり高くなると考えます。

 

また、浮気をされた依頼者は僕が見る限り、夫婦関係や恋愛関係を再構築する確率が高いです。それは、この問題は単純に浮気をされた側が、浮気をした側を許すだけで解決してしまうからです。

 

はやいはなし、浮気をされることで、人は大人になれるんです。

されてない人と、された人とでは愛情についての経験値が大幅に違います。一方で、浮気ばかりをする人というのは、どう見ても子供っぽい人ばかりです。

 

愛情の正体について知るチャンスかもしれない

 

浮気をされても許し、相手と関係を修復する。

それはまるで美談のようでもありますが、事実、その関係は美しいものです。

ただの恋愛関係──つまり、動物的な脳のドーパーミンがもたらす幻想に酔いしれているわけではありません。ただの雄と雌から男と女へ、そして、おそらく二人の関係は、人と人としての愛情、つまり信頼にまで発展しています。

 

それって、たぶん進化のようなもなんだと思います。男と女の間に生まれる進化の過程。それが浮気をされる側が劇的に促すということが、事実あり得るのだと思います。

 

浮気ゲームにのめりこむ人間よりまし

 

 

浮気をされるということは、たぶん試合やゲームに負けるのと同じです。

ただ負けるだけ、それも恋愛というゲームにおいてです。

 

そこで勝ちたいと思うのも良いんですが、たかが恋愛ゲームに必死になるのは僕から見てどうにも愚かな事にしか思えません。なぜなら、このゲームの最中は、誰だって浮気をする可能性があるからで、僕はそういう大人達を多く見てきたからです。

 

それよりも、浮気をされた事で気が付いたこと、これからどういった人間になりたいのかを考え、よりよい人間や男女関係を築くほうが大事なんだと思います。

 

敗者こそ真の勝者といいますが、そのワケは、子供じみたゲームからいち早く抜け出せるチャンスがあるからです。

 

後の問題は、浮気をされたからといって自暴自棄にならず、異性を信頼できる努力ができるかです。それはきれいごとではなく、現実として人を成長させる力があり、それが出来る人って、とても魅力的な人間なんだと思います。